中曽根康弘元総理が死去 病歴や死因は?葬儀や告別式は?息子や孫は政治家?

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こんにちは、リエコです。

昭和の時代を築き上げた元首相の中曽根康弘氏が死去したことが29日、発表されました。

享年101歳でした。

歴代首相で100歳を超えたのは102歳で死去した東久邇宮稔彦元首相に続き、中曽根氏だけでした。

中曽根氏は、大正、昭和、平成、令和と4つの時代を生きた名宰相は3公社の民営化を進めた行革や安定した日米関係を構築するなど大きな功績を残したた人物。

首相在任期間は1803日間。

その間、「軽武装・経済優先」路線を大きく転換し、「戦後政治の総決算」と「国際国家日本」とのテーマを掲げました。

鈴木善幸首相時代にこじれた日米関係の修復に尽力し、米ロナルド・レーガン大統領とは「ロン・ヤス」と呼び合う仲で知られ、日米同盟の強化を進めました。

中曽根氏は、戦後の日本の最盛期をつくりあげたといっても過言ではありません。

そこで今回は「中曽根康弘元総理が死去 病歴や死因は?息子や孫は政治家?葬儀や告別式は?」と題しまして、中曽根康弘元総理大臣の病歴や死因ともに葬儀や告別式について、さらには息子や孫についても追ってみました。

それではさっそく本題に入っていきましょう。

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中曽根康弘元総理大臣の病歴や死因ともに葬儀や告別式について

中曽根氏は、1982年11月から87年11月の5年間、第71~73代内閣総理大臣に任命されました。 

その後、2003年まで政界で活躍していました。

また、中曽根氏には98歳まで護衛が就いていたそうです。

たとえ総理経験者といえども、政界を引退すれば警護対象から外されるのが通例であることから、その意味では、98歳までSPを従えていたこと自体、かなりの特別扱いと言えるでしょう。

それまで、大きな病気やケガもなく第一線で活躍していた中曽根氏。

死因は、現在発表されていません。

中曽根康弘元総理の息子や孫は政治家?

中曽根氏の長男は、中曽根弘文氏です。

弘文氏は参議院議員として、2016年までに6回当選を果たしています。

また、外務・文部・科学技術庁長官としてのポストに就任もされており、中曽根氏の地盤を引き継がれたのでしょうね。

そして弘文氏の息子・中曽根康隆氏は、慶応の法学部を卒業後、外資系の証券会社に入社しています。

そして、弘文氏の秘書を務めていましたが、17年に衆議院議員選挙に参戦し、見事当選を果たしています。

中曽根氏の意思を引き継いだ世襲議員は、未来の総理大臣の座へ就くことができるのでしょうか。

今後に期待したいですね。

まとめ

今回は「中曽根康弘元総理が死去 病歴や死因は?息子や孫は政治家?葬儀や告別式は?」と題しまして、中曽根康弘元総理大臣の病歴や死因ともに葬儀や告別式について、さらには息子や孫についても追ってみましたが、いかがでしたでしょうか。

今の日本が在るのは、中曽根氏の偉大なる尽力と功績があったからこそです。

どうぞ、安らかにお眠りください。

中曽根氏のご冥福をお祈りいたし、ここまでとさせていただきます。

最後までご覧頂きありがとうございました。

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