年収2億円の予備校講師、佐藤忠志さんが死去!死因は?家族は?なぜ生活保護?

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おはようございます、リエコです。

今朝は訃報のニュースを取り上げたいと思います。

予備校のカリスマ英語講師で、「金ピカ先生」の愛称でタレント活動もしていた佐藤忠志さんが、都内の自宅で死去しました。

享年68歳です。

佐藤さんは、生活保護を受けながら独り暮らしを送っていたようです。

関係者の話によると、デイケアセンターの職員がこの日、自宅を訪問したところ、冷たくなっている佐藤さんを発見したようです。

死因は不明で、今後司法解剖が行われます。

そこで今回は「年収2億円の予備校講師、佐藤忠志さんが死去!死因は?家族は?なぜ生活保護?」と題しまして、かつて年収2億円とも言われた予備校講師の佐藤志さんの死因や家族について、さらには生活保護を受給されていた経緯を追ってみました。

それではさっそく本題に入っていきましょう。

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「金ピカ先生」こと佐藤忠志さんが死去!家族は?

佐藤さんは、1980年代にコワモテの顔に金のネックレスの風貌でありながら、代々木ゼミナール、東進ハイスクールなどの予備校で生徒から絶大な支持を受けていました。

人気が高じてタレント業にも進出し、「全盛期には年収2億円超えた」とも語っていました。

87年には、秋元康氏がプロデュースした『1度きりだぜ人生は―花の受験生応援歌ー』で歌手デビューを果たすなど、華々しい“バラ色”のような生活を送っていました。

貴金属をジャラジャラ付けまくり、「金ピカ先生」の愛称で知られた佐藤さん。

40万部突破の『ズバリ!合格の英単語』など参考書、著書を多数執筆し、92年に講師を引退。

その後は、『天才・たけしの元気が出るテレビ!』やVシネマ、ドラマにも出演し、お茶の間に馴染みの顔となりました。

現代の林修さんのような存在ですね。

拓殖大で客員教授を務めた後の01年には参院選、09年に鹿児島県西之表市長選に立候補するも落選した経験を持っています。

そんな佐藤さんですが、2017年頃に長年連れ添った愛妻が、夫婦喧嘩で家を飛び出したそうです。

そのとき、佐藤さんは「やりたいこともないし、やることもない。生きる屍(しかばね)です」と、心境を吐露しましたが、これまでの人生を「バラ色」と振り返っていました。

「金ピカ先生」生活保護?その経緯とは

佐藤さんは、晩年生活保護を受給されていたと報じられています。

一体、なぜ億越えの佐藤さんが生活保護を受けることとなったのでしょうか?

調べてみたところ、詳しいことは判明しておりません。

佐藤さんは、若かりし頃から贅沢品を好んでいましたが、羽目を外し過ぎたとしか言いようがありませんかね…。

しかしながら、年金を支払っていなかったことにビックリです!

68歳という若さからこれまでの贅沢が仇となってしまったのでしょうか。

死因同様に、謎めいた佐藤さんの生活に大変興味があります。

こちらに関しては、詳細が判明次第更新させて頂きますね。

まとめ

今回は「年収2億円の予備校講師、佐藤忠志さんが死去!死因は?家族は?なぜ生活保護?」と題しまして、かつて年収2億円とも言われた予備校講師の佐藤志さんの死因や家族について、さらには生活保護を受給されていた経緯を追ってみましたが、いかがでしたでしょうか。

かつて、「金ピカ先生」と呼ばれ、予備校講師からタレントにのし上がった佐藤忠志さんが昨日、68歳の若さでこの世を去りました。

死因については、今後判明されるでしょう。

ご冥福をお祈りし、それではここまでにさせていただきます。

最後までご覧頂きありがとうございました。

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